アメリカ式農業

 先日、バングラディシュの人と話をしていたら、「何で日本は、アメリカに600億円もの石油をただでやるんだ。世界中が怒っている。日本人はなぜ、怒らない?日本と同じ第二次世界大戦で負けたドイツでも、そんなことしたら、みんな怒って大騒ぎになるぞ。」と話していた。
 私は、「給油問題とは、そういうことか」内心思って「日本は史上始めて外国に戦争に負けて内地がやられ、それがトラウマになっている」と答えた。その人は、「アメリカ人は本当に傲慢だ。」と付け加えた。
 
 農業の本で読むと、こんなことが書いてある。
 戦前までの日本の農業は、作物の余りを牛などの動物が食べ、牛の糞が肥料になり、肥料で作物が大きくなり、茎などの余りをまた牛が食べる形の循環農業だった。しかし、アメリカの農業は、略奪式農業で、土地にヘリコプターで大量に種を蒔き、農薬をまき、とうもろこしなどを育てると、一回で土壌がだめになるので、次は別の場所でまた育てる。一回ごとに土地の肥料を奪って再生させない形で行う。自然から富を略奪して再生させようとはしない。だからアメリカ式農業が栄えると自然は破壊される。

 アメリカの白人はアフリカから黒人を無理やり連れてきて奴隷にして、先住民から土地を奪って国を建国した。はじめから略奪して国を作り、自然から富を略奪して生活している。
 
 日本人は、循環式農業を行ってきた。日本人にはアニミズム的な自然観、宗教観があり、自然を尊び、木を切っても植えて、育ててきた。江戸時代のごみ収集もかなり循環式で行われていたという話を聞いたことがある。

 でも、今や、日本の農業は、後継者が不足している。このままでは2000年の歴史を持つ日本の農業が衰弱してしまう。日本人のほとんどがアメリカから略奪式農業で生産された小麦や大豆を大量に食べざるを得ない。アメリカ式生活を賛美して、マクドナルドなどのファストフードで食べ物や紙を無駄にしている。
 
 何の自覚もなく、アメリカの真似をしていいのか。アメリカなんて建国200年程度の底の浅い略奪文化中心の国ではないのか。
 鍬を持ちながら、そんなことを考えることもある。
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# by isehyakusyou | 2007-11-11 19:10 | Comments(1)

11月4日記録

 昨日はサツマイモを収穫。
 普通の3倍の大きさになっているのもあった。大きいのは味が薄かった。サツマイモは、植え付けが遅く7月半ばに苗を植えた。もっと早く苗を植えて、もっと早く収穫している人もいる。

 秋ジャガイモ。
 9月23日ころに植えたものが20cmくらいになっている。霜がかかるとそれで終わりなので、それまでに、どのくらい大きくなるのか?

 秋大根。
 去年のこぼれ種が大きくなって、まるまる太ったものを収穫。9月2日、9日に植えたものは直系10cmくらいになった。来週、1本ためしに抜いてみようかな。

 ホウレンソウ。
 あまり大きくならない。9月2日か9日くらいに種を蒔いたものも小ぶりで、大きくなったのも少ない。なぜ?石灰もたくさんまいたのに。1平方mあたり150gくらい。

 小松菜。
 去年のこぼれ種で大きくなったものは、すごく大きくなっている。

 枝豆
 津久井在来。
 そろそろ黄色くなってきた。大豆になり始めている。(枝豆は、乾くと大豆です)ここ2週間くらいで虫食いが多くなった気がする。

 ナス
 まだ採れそうだけど、大きくなると表面が茶色くなるのは寒さのせいか?

 ごうや
 枯れたので棚を撤収しました。

 秋から冬は、雑草も元気がないし、野菜も元気がないので淋しいな。
 
 秋深し、まばらな草の 寒さかな。
 枯れ草や、夏の野菜の、夢の後。(信天翁楽狸)
 

 
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# by isehyakusyou | 2007-11-04 19:54 | Comments(0)

記録

 先日、伊勢原の自然と環境を守る会の他の会員と話していたら、このブログにもっと、農作業記録を入れるべきだということになった。他の素人百姓が見たとき、参考になるし、自分自身の記録にもなる。
 それで第1回の現状報告(平成19年10月28日)。

 枝豆~津久井在来。7月半ばに蒔いて現在、よく実っている。3週連続、枝豆を収穫。そろそろ黄色くなり始めている。去年は3月くらいに蒔いて、木が大きくなりすぎて、かつ豆がかなり虫に食われた。今年は、虫も少なめで、いい感じになっている。木も40cm位のちょうどいい多きさ。
津久井在来は晩成種だから、他の大豆・枝豆より遅い。

ジャガイモ~9月23日、10月8日ころにマルチ(黒ビニール)使用で植えた。植えたのは春に実ったもの。現在、先に植えたものは、10cmくらい伸びてきて、マルチを切った。そろそろ芽かきかな。

大根は9月2日、9日、16日、24日など分けて種まきをした。はじめに蒔いたものは直径5cmくらい。しかし、現在、去年のこぼれ種から育った大根が育ち、丸々と太っているのが3本ある。今、収穫するためには、いつ蒔けばいいのかな。
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# by isehyakusyou | 2007-10-29 19:52 | Comments(0)

収穫を知人に配りたくなる

 先日、雑誌を読んでいたら、「釣り人が獲物を釣り上げた後に、惜しげもなく、いろいろな人に獲物を配ったりする。道具も高価で、手間隙かけて、釣り上げたものを、なぜ、惜しげもなく人に配るのか、不思議だ」という内容の記事が載っていた。
 私は、釣りはしないが、自分の手作りの野菜について、釣り人と同じように、いろんな人に配るので、「同じ気持ちかな?」と思った。
 
 野菜ができると配りたくなる。それは、一つには、たくさんできて、できたとき、それを無駄にするのが、非常にもったいない気持ちがするのだ。それで是が非でも人に食べてもらわないといけない気持ちになる。自分が作った野菜が無駄になるのは非常につらい。ネギの青いところ、大根の葉に至るまで無駄にしたくない。
 それから、自然への感謝とか畏敬の念もある。自分や家族だけで、収穫を独り占めするのは、おおげさに言えば、畏れ多い気持ちになる。収穫があるのは、ありがたいし、自分にはもったいないし、感謝と畏敬の念が生まれて、他人に分けないと、極端にいうと罰当たりのような気もしてくる。
 また、他人に分けると喜びが大きい。収穫の喜びを他人と分かち合う事で喜びが増すのも確かだ。悲しみは分け合うと半分になり、喜びは倍になるという言葉を聞いたことがあるが、この言葉は真実だ。また、自然への畏敬の念があるから、他人に分けることで、安心感もある。
  それから、単純に人に褒めてほしい気持ちもある。
 釣り人もこんな風な自然の畏敬や感謝の念から人と収穫を分け合うのではないだろうか。

 例えば、お金のような抽象的なものは、手にしても実感がないから、手にしても本当の喜びがないように思えるし、もっと欲しくなる傾向があるけれど、野菜や魚という実物は、手に入れると感謝や畏敬の念が生まれて、分け合いたくなるのかな、などと思ったりする。

 セックスピストルズというパンクバンドのヴォーカリストだったJライドンは、シニカルな毒舌家で有名だけど、ジャングルでのサバイバル番組に出演して、ジャングルの中でこんな事を言っている。
「神に答えてもらいたい疑問は沢山あるが、こういう自然の中にいると、感謝すべきこともあるなあと実感する。緑が一番好きな色になった。」と。

 自然の力は偉大だな。


 
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# by isehyakusyou | 2007-10-13 22:20 | Comments(1)

有機無農薬農業は素人にできるか

 昔、農業の専門家から「有機無農薬農業は無理だ」と言われたことがある。実際やってみると、それは、「商売として成り立つ有機無農薬農業は難しい」と言いたかったのだと分かった。
 農協へ行くと、野菜は安い。「こんなにいいナスが、ジャガイモが、大根が、この値段?」と思ってしまう。作る手間ひまを知る素人百姓からすると唖然としてしまう。これは今だけでなく戦前もそうだったようで、終戦直後に石原莞爾という人が「自分で畑でやってみると一本の菜、一さやの豆でも大変手数がかかるものであるが、買う段になると実にばかばかしいほど安いのである。(われらが世界観)」と書いていて、戦前からそうだったのだ。
 しかし、素人が有機無農薬栽培をやるのは、採算を考えないので、できる。やってみると、ジャガイモ、たまねぎ、大根、ナス、キュウリ、ゴウヤ、オクラ、などはそんなに手間をかけなくてもできる。サツマイモはできるけど、味がないのができたりした。とうもろこしは、虫がつく。虫がつくのを気にしなければ、白菜、チンゲンサイ、小松菜、とうもろこし、ブロッコリーもできる。
 意外と出来なかったのが、トマト、ピーマン、にんじん。
 それから秋から冬の野菜は去年、かなり失敗した。寒くなるとぜんぜん出来ない。
 二年程度の経験から言うと、有機無農薬農業はできなくはない。消費者の「虫食いが嫌」とか「形の悪いのが嫌、小さすぎるのが嫌、大きすぎるのが嫌」とか「農薬がついていても安ければいい」とか、そうした考えを変えれば、もっと有機無農薬農業も発展すると思う。
 だけど、駄目だろうな。
 みんな、あんまり考えてない。有機無農薬農業のことも、食物自給率のことも、アメリカの食物支配のことも。
 それから、政府も農業について本気で考えていない。
 まあ、絶望せず、自分の出来る事を努力しよう。
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# by isehyakusyou | 2007-10-07 23:06 | Comments(0)