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自民党、長勢甚遠氏の発言。「国民主権、基本的人権、平和主義の三つを無くさないと自主憲法にならない」

 知人からYOUTUBEで、自民党の偉い人たち(安倍首相も同席)の動画を見た。
 自民党の元法務大臣・長勢甚遠氏はこう発言した。

「国民主権、基本的人権、平和主義の三つを無くさないと自主憲法にならない。人権、平和などと言うと怖気づいてしまう。」と発言。

 驚愕した。

 自民党の中枢部には、国民主権や基本的人権という国の基本ルールや人間の尊厳にかかわる重大事を公然と否定する人がいて、同席した自民党の中枢部の人たちは、みんな何とも言わないんだ。安倍首相も同席している。
 信じられない。

 改憲草案では、確かに、基本的人権は、「公益や公」により制限される。つまり、基本的人権より、「公益や公」の方が上なのだ。自民党改憲草案Q&Aでも、天賦人権説は否定していた。「現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。」

 自民党・片山さつき氏は、「天賦人権説をとるのを止めようというのが私たちの基本的考え方です。」と発言。

 今の自民党の中枢の人にとって、「天から、人間には、最低限の文化的生活をする権利が与えられている」という考えは否定されるのだ。自民党は、人間には人間の尊厳があるということを否定するのだ。

 どう考えてもおかしいだろう。
 全く納得できない。

 しかも選挙で自民党は、改憲についても人権についても言わない。

 はっきり言えよ。「今回の選挙で三分の2の改憲派の議席を取ったら、天賦人権説を否定し、公益と公の秩序のために人権を制限する憲法に変えます。人権を制限する憲法のために一票投じてください」と。

 卑怯だ。卑怯者だ。改憲を選挙で言わず、選挙で勝ったら改憲。
 ナチのように静かに改憲(麻生副総理発言)。

 黙って国民を騙そうとしている。

 それで三分の2取ったら「国民の信任を取ったから改憲議論を始めます。国会で承認させます。」と言って実行するんだろう。

 卑怯だ。
 国民をだましている。

 TPPの時も断固反対と言って騙した。

 第二東名の時も「無駄な道路は作らせません」と言って騙した。


 タカ派である大阪維新の会、橋本徹氏でさえ、「自民党改憲草案は悪夢だ」と言った。
「憲法改正は絶対に必要だが、あの悪夢のような古臭い自民党憲法改正案や産経新聞案は絶対にダメだ。」

 私は改憲に反対ではない。日本に自衛権があることははっきり認めるべきと思う。
 しかし、アメリカの侵略戦争の手先になって、テロの対象になるのは、まっぴらだ。
 
 それよりも、何よりも、人権とか、国民主権とかは普通に大切だと思っている。あたりまえのことじゃないか。
 権力者の奴隷になりたくない。格差社会によって、搾取されたくない。一個の人間として、自分で選択した自由な人生を生きたい。
 あたりまえじゃないか。
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by isehyakusyou | 2016-07-05 15:53 | Comments(13)

自民党改憲草案批判2・ 国民主権について

 今回は、前回の自民党改憲草案批判1に補足したい。
 内容は、ほとんどは弁護士さんによるものが中心だが、近代的個人主義については、私なりの理解も加えている。

 現在の日本国憲法では国民主権が強く謳われている。

「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」(日本国憲法前文)

 国民主権とは、国民が国政おいて主人公である権利をもつということなのだ。
 自分の生活に引き寄せて、言い換えれば、国民が自分の生き方を決める際に、つまり自分の生活を決める際に、あらゆる制限を政治的に受けないということなのある。

 国民の自分の生活を決める権利(自由)は、あらゆるものの上位に立つ。伝統、因習、自民党のいう公、宗教などよりも国民の権利(自由)は上位に立ち、伝統、因習、公、宗教の制限を受けない。
 これは極めて、近代的個人主義的な価値観だ。
 日本国憲法は、そうした近代的個人主義の上に立っている。日本だけでなく欧米など先進国の憲法も近代的個人主義の上に立っている。

 もちろん、その中で伝統、公、因習、宗教などを重んじ、自己よりも高いものとして生きる生き方は認められている。それはそれでいい。しかし、それは、近代的個人が、自分の自由な選択で選んだものなのだ。
 ある個人がある伝統やある宗教を撰んでそれで自分を律して生きていくのは問題ない。
 が、それを他人に強要することは赦されない。強制するのは人間もしてはいけないし、国も強制してはいけない。国が伝統、公、因習、宗教を国民に強制してはならないのだ。
 (個人が別の個人を説得や説明するのは構わない。しかし強制はできないし、してはならない。また政府や公共団体は、個人に宗教などの価値観を提供してはならない。政教分離とはそういう意味だ。)

 しかし、ただ、一つだけ個人の自由な選択の権利を制限できるものがある。それは、他人の権利だ。他人の 自由な選択の権利だ。
 他人の自由だけが、個人の権利を制限できる。同じ同等な権利だから。
 そこに調整が必要になる。その多くの人の権利がぶつかり合わないようにすることが、日本国憲法における「公共の福祉」というものなのだ。

「第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」(日本国憲法より)


 第十三条の「公共の福祉」とは、自分の権利と他人の権利がぶつかる際に設定されるお互いの権利が調和した状態を指す。他人の権利とぶつかる場合以外の場合は、国民の権利は制限されない。

 他人の権利以外の理由で、国民の権利を制限されないことが、第十一条の「 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」という条文で示されている。

 自民党改憲草案が問題なのは、公を国民に強制し、近代的個人主義の国民の自由を奪うがゆえに、近代憲法の根本(立憲主義)を否定するからなのだ。

 自民党も他人の権利以外の理由で、国民の権利を制限することを明言している。

「意味が曖昧である「公共の福祉」という文言を「公益及び公の秩序」と改正することにより、その曖昧さの解消を図るとともに、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにしたものです。」(自民党改憲草案Q&A・自民党)



 また、自民党改憲草案では、日本国憲法第十三条で書かれた「個人」という言葉がなくなっている。

「全て国民は、人として尊重される。
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、
立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」(自民党改憲草案13条)

 個人から人への変更も、近代的個人主義を否定して、国民を、国の一部として規定しようとする自民党改憲案の特徴を示している。

 
(個人的感想だが、守秘義務違反者を処罰もせず、隠蔽しようとして、その隠蔽者も処罰しようとせず、ほっかむりしている人々が、公とか言って、国民の権利を制限しようとしているのは、おかしいだろう。公とは、自民党とその関係者の利益なのか?と皮肉が言いたくなる。)
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by isehyakusyou | 2016-04-28 12:19 | Comments(0)

自民党改憲草案批判1 立憲主義を否定する自民党改憲案

 最近、弁護士さんに自民党改憲草案についての話を伺った。
 その話を何回かに分けて書きます。

 以下、弁護士さんの話。

 「まず、憲法とは立憲主義に基づいて作られている。
 立憲主義とは、『憲法とは権力者の権力の乱用を防ぐためにある』ということ。
 これ高校受験でも出題された、中学生の常識だ。
 憲法は権力者の暴走を防ぎ、法律は国民の暴走を防ぐ。役割が反対だ。
 そうしたことは法律の常識だ。
 ところが、自民党の改憲草案は、国民の権利を制限している。
 しかも、自民党改憲事務局長の磯崎洋輔氏はツイッターに中学生の常識の立憲主義について『立憲主義を聞いたことがない』と書き込み高校生から批判された事件を起こして謝罪している。

 こうした人が自民党改憲案を進めている。またい自民党は法曹会全体が違憲とした安保法案を通した。立憲主義を制限している自民党改憲案を弁護士はみなあり得ない案と考えている。」

 私は、「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」(矢部宏治、集英社)という本を読んだ。
 その中にはこうあった。
 「(自民党改憲)草案を見て、国連人権理事会をはじめ世界の有識者が腰を抜かすほど驚いたのです。
 『これは何世紀前の憲法なのですか』と。
 近代憲法というのは、権力者が国民に向かって『このように暮らせ』と命令するためのものではなく、あくまでも主権者である国民が、権力者が自分たちの人権を侵害しないよう、しばりをかけるために存在する。これを『立憲主義』といいます。日本という先進国の指導者たちが、そうした『近代憲法』という言葉の意味をまったく理解していないことがあきらかになったのです。」(117ページ)

 私は弁護士さんに「世界の法学者は自民党改憲草案に驚いたらしいですね。」と聞いたら、弁護士さんは「笑ったんじゃないですか?」と答えた。

 ある別の弁護士さんは、「この憲法草案を読んで日本人がこうした改憲草案を作った党を支持しないと思った。しかし、過半数を獲得したことを見て、法の世界だけでなく、政治にも積極的に関わらなければいけないと考えた」という話をしてくれた。
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by isehyakusyou | 2016-04-16 21:28 | Comments(2)