農作業のブログなのに、また文学の話をします。
すみません。 藤原定家が「菅原孝標女の作と言われている」と書いた、物語、「夜の寝覚」を読み進んでいる。 なかなか面白い。恋愛の物語なのだけど、はらはらさせられて、源氏物語みたいに男(光源氏)が無軌道に多情でないので、おもしろく読める。(私、孝標女には悪いけど光源氏、嫌いだからね) 中心的な筋は、主人公の女性「夜の寝覚」と主人公の姉の夫との恋。姉の夫は、「夜の寝覚」にぞっこん。「夜の寝覚」は、姉の夫に、もちろん簡単になびかない。 しかし、途中で姉は死去し、「夜の寝覚」も男に心を動かしはじめる。が、結婚には至らない。 孝標女には、姉がいて、姉には夫がいて、姉は若くして死んだことが、更級日記に書いてある。 そして、姉の夫について、更級日記では、全く具体的に触れていない。 「夜の寝覚」を念頭に更級日記を読み返すと、考えさせられる。 「更級日記」の中で、姉の死についての文章の後に、孝標女の父親(つまり孝標)が国司になれなかった話がでてくる。そこに「同じ心に思うべき人」から、残念に思いますといった内容の歌が届いたことが記されている。 この「同じ心に思うべき人」とは姉の元夫ではないだろうか。元夫にとって義父の任官は重要な関心事だっただろう。自分の子供の祖父にあたる孝標の任官について、自分の子供の生活に影響があるのだから元夫は気にするに違いない。孝標が出世すれば、自分の出世とも関係が出てくるだろう。 そしてその後に「更級日記」に東山に転居したと記されている。 そして、そのそばにある石井という霊山の水について、「この水のあかずおぼゆるかなという人」がいて、孝標女は、歌のやり取りをしている。その人は、その後「心苦しげに」思いながら、都に帰ってしまう。その人は、都から「あなたのいる山の方を心細く眺めました」という歌を送る。 その前の記事が、姉の元夫についてであったら、引き続き、この歌のやり取りをした人も元夫という可能性も考えられる。 孝標女は、山のほととぎすの声を聞き、都のことを思いながら、歌を詠む。都には珍しいほととぎすの声がこの山里には、たくさんありますよ、と。(言外に会いに来てほしいという気持ちをにじませている。) そして、月を見て、きっと都の人が月を見て、自分の住む山里を思ってくれるだろうと歌を詠む。(私のことを思ってくれているはずだ。と取れる。) この二つの歌には、都の人への切ない思いが感じられる。 当時の女性は、姉の元夫に恋したなんて、はっきり言えなかったのではないか。さりげなく察するように表現するしか、なかったのではないか。 今まで、考えず、読む飛ばしていた箇所だけど、「夜の寝覚」を読んでから、読み返すと、「もしかして、孝標女、切なく、都を思っている?姉の夫に恋している?」と考えてしまった。 そういうことを想像して、ここを読むと、彼女の思春期の恋をさりげなく表しているようにも読めて、哀感に満ちた美しさがある。 きっと、姉の夫と孝標女には、男女の関係は、無かっただろう。もしあったら、「夜の寝覚」みたいな物語は書けなかっただろう。 秘めた切ない恋だったからこそ、「夜の寝覚」が書けたと思う。 「夜の寝覚」を孝標女が書いたとしたら、いつだろう。 私は、少し前まで、文学を捨てたと書いた、結婚した時期より前だろうと思っていた。上記の東山の時期ではないかと思っていた。 今は別の可能性も考えている。 「夜の寝覚」の巻四に、帝が、夜の寝覚が、なびかないのに失望して歌を送る場面がある。(小学館・古典文学全集328ページ) 「鳰の海や潮干にあらぬかひなさは、みるめかづかむかたのなきかな。 来む世の海人 」 (琵琶湖に潮干がないから、みるめ(海草の一種)を取る潟がない。「見る目を手にする方法がない。」のしゃれ。来世には海人になる男の作。) 更級日記の中に、結婚し宮仕えもした後に、宮仕え仲間の女性同士で以下の歌をやりとりする場面がある。 「袖ぬるる荒磯浪と知りながらともにかづきをせしぞ恋しき」 (袖が濡れる荒磯の波と知りながら、ともに働いたことが懐かし) 「荒磯はあされどなにのかひなくて潮にぬるるあまの袖かな」 (荒磯はあさっても何の甲斐もない、潮に濡れた海人の袖かな) 「みるめ生ふる浦にあらずば荒磯の波間かぞふるあまもあらじを」 (みるめ(海草の一種)が生える海でなければ、荒磯の波間に働く海人もいないよ。あなたたちを見る(会う)ことがなかったら、働かなかったでしょうね、の意。「みるめ(海草)」と「見るめ」のしゃれ。) (これらの歌で荒磯と書いてあるのは、宮廷の宮仕えのことで、つらい仕事と捉えています。みんなで泣きながら、つらい宮仕えの仕事をしたねと思い出して歌をやりとりしている。) 「夜の寝覚」の歌と「更級日記」の三歌には、「かずく」、「かひなさ」、「みるめ」、「潮」、「あま」などの共通の言葉があり、近いものがある。 もともと古今和歌集の「この世にて君をみるめの難からば来む世の海人となりてかづかう」の歌が土台にあるらしい。しかし、その歌を土台としても、「潮」、「かひなき」などの語は、それとは別に共通している。それ以上に、大体、古今集のこの歌を土台にもってくること自体が、「夜の寝覚」と「更級日記」が共通している。 もしかしたら、「更級日記」の歌のやり取りをしたことを元に、「夜の寝覚」の帝の歌を書いたのかもしれない。 しかも、「更級日記」には、その続きに「筑前に下った人」に次の歌を送っている。 「夢さめて寝覚めのとこの浮くばかり恋しきと告げよ西へゆく月」 「寝覚め」という言葉がここにはっきり出てくる。 もしかしたら、この時期に孝標女は、「夜の寝覚」を書いたのかもしれないと思った。そのことをさりげなく更級日記に書き込んだのかもしれない。はっきり書けない事情があったのかもしれない。 切ない恋の物語を書いている女性が、愛する人と会った夢を見て、「夢が覚め、寝覚めの床が浮くほどに、『恋しき』と告げよ、西へ行く月」なんて書くなんて、かっこいいぞ、孝標女。切なく、そして、美しいじゃないか。 この時期、孝標女40台半ば、切ない恋もし、姉の子供も育て、宮仕えもし、結婚し、出産し、自分の子供も育て、夫婦生活も体験した、人生経験豊富な時期。 もはや、若いとは言えない孝標女が切ないラブストーリーを書く。 現実を知った女性の心の底に秘められた恋心。 それを思いながら恋の物語を書く。 それはそれでロマンチックだ。 「寝覚め」の歌は普通に前後を読めば、宮中の元仲間に向けての歌とすべきだろう。しかし、彼女が夫以外の男の人を好きでもはっきりは書けないから、韜晦した書き方しかできないはずだ。 それに文学作品には作者の手を離れた時点から、読者には、創作的な読みをする権利もあるだろう、と思う。(孝標女と同じように) 夫が死んだとき、孝標女は、その悲しみを「たとへむ方なき」(たとえようがない。)と表現した。 「その悲しみは言葉にならない」と彼女は言う。言葉にできない深い感情を持って彼女は、「更級日記」という、言葉を書いたのだ。 文学の根本には、言葉にできないものがある。人は、それを言葉にしようとするのだ。文学はそうして生まれたのだ。
by isehyakusyou
| 2013-10-13 23:15
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